装備品開発

日本の防衛装備移転|ウクライナ支援の可能性

2023年12月22日

日本の防衛装備移転|ウクライナ支援の可能性

ウクライナへの兵器供与の現状

防衛装備品の輸出拡大に向けた制度改正が検討されています。

ウクライナを念頭に国際法違反の侵略を受けている国を装備輸出で支援するといった方向性が示されました(日本経済新聞、2023.7.26)。

ウクライナには、これまで様々な兵器が供与されてきました。

HIMARS、Leopard2、PAC-3、F-16、クラスター弾などです。

このタイミングでの制度改正には、日本も欧米と横並びで貢献しなければならないという焦りがあるのでしょう。

ところで、防衛装備品の輸出拡大に向けた制度改正が実現したとして、日本には輸出できる装備品はあるのでしょうか。

欧米がウクライナへ供与してきた兵器と防衛装備品の現状を対比すると次のようになります。

種別供与された欧米兵器(開発国)対応する防衛装備品(開発国)
自走対空機関砲Gepard(独)87式自走高射機関砲(日)
ロケット砲HIMARS(米)MLRS(米)
自走りゅう弾砲PzH2000(独)99式自走りゅう弾砲(日)
地対空ミサイルPAC-3(米)PAC-3(米)
戦車Leopard2(独)10式戦車(日)
自爆型ドローンSwitchblade(米)無し
戦闘機F-16(米)F-35(米)

日本にはウクライナのニーズに応える防衛装備品は存在しない

これまで欧米が供与してきた兵器種別にウクライナのニーズがあるのだとすれば、表中の対応する防衛装備品がウクライナへの輸出検討対象となります。

これらの輸出可否を整理すると、驚きの事実が分かりました。

対応する防衛装備品(開発国)輸出可否理由
87式自走高射機関砲(日)製造終了
MLRS(米)輸入品
99式自走りゅう弾砲(日)製造終了
PAC-3(米)輸入品
10式戦車(日)製造ライン縮小(調達数量減少のため)
自爆型ドローン保有せず(偵察型ドローンは輸入品)
 F-35(米)輸入品

※ 殺傷能力の有無といった法的観点は除く

表のように、輸出可能な防衛装備品は存在しないのです。

理由は表に記載のとおり様々ですが、その原因は日本が防衛装備品の国産開発を縮小したために尽きます。

防衛装備品開発の歴史

第2次世界大戦後、自衛隊は米軍供与品を使用していましたが、昭和45年の国産化方針(装備品等の自主的な研究開発及び国産化の推進)に基づき、防衛装備品の国産化を推進しました。

日本の各種特性(地理、政治、法制、財政、インフラ、対象脅威等)に適合した防衛装備品を運用するためには、国産が望ましいのです。

これは日本のみならず他国でも同じです。

しかし、防衛装備品の開発には最先端の高度技術を要します。

つまり、国産したくても、できる国は限られているのです。

例えば戦車を国産している国は、現状10か国(日、米、露、中、韓、英、仏、独、伊、以)に過ぎず、他の国は輸入に頼っているのです。

ウクライナへの戦車(Leopard2)供与で、隣国のポーランドなどが、開発国のドイツに伺いを立てていたのは記憶に新しいでしょう。

開発国の権限は強いのです。

防衛装備品の国産化を追求する。

今の日本の技術力では開発できないものは始め輸入し、次に開発はできなくても生産だけはするライセンス国産に逐次移行し、技術力が成長したところで国産化するというのが国産化方針です。

もちろん、国産化には防衛費を国内還元することで、防衛のみならず経済・科学技術にも寄与する狙いがあったと推察します。

2010年頃までは国産化が着実に進んでいました。

しかし、防衛装備品調達に関する汚職事件をきっかけに、従来随意契約(契約相手方を官側が能力で選定)が中心であった防衛装備品の開発や生産の契約が、一般競争契約(契約相手方を選定せずコスト競争に委ねる)へと変更されました。

さらに2012年には国産化方針も廃止。これにより国産装備品は激減したのです。

日本は工廠(国営工場)を有していないことから、防衛装備品の生産は防衛産業(民間企業)が担っています。

つまり、防衛装備品を生産するために、民間企業は防衛部門を設置し、技術者・製造ライン・予算等のリソースを計画的に配分するのです。

他国に輸出するわけでもなく、自衛隊のみが営業相手ですから、経営計画策定は受動的(防衛予算次第)にならざるを得ません。

それでも、いきなり防衛予算がゼロになることは無いので、持続的かつ安定的な投資が可能でした。

しかし、契約形態が一般競争契約となると話はまるで変わってきます。

契約が取れるとは限らないので、経営計画の立てようがありません。

こうなると民間企業は、経営合理化のため防衛部門から民生部門へ技術者・製造ライン・予算等のリソースを移します。

随意契約により国から選ばれた責任ある防衛産業であったから防衛部門に必要なリソースを計画的に確保していたわけで、一般競争契約が基本となった時点で事実上防衛産業は消滅したわけです。

もちろん、今でも防衛産業と呼ばれる企業は存在します。

しかし、株主の眼も光る営利企業が、経営計画も不透明なまま従来の規模で防衛部門を維持することは困難であり、防衛部門縮小どころか撤退する企業も続出し、日本の国産開発は縮小したのです。

防衛費を増額しても失われた国産基盤は簡単には戻らない

防衛費の増額が話題となっています。確かに予算査定は増額されましたが、それは防衛「予算」の増額であって防衛「費」の増額ではありません。

あくまで予算査定ではなく予算執行まで財務省に認められたなら防衛費増額となります。

結果は、予算執行段階で財務省により減額されています。

なのに防衛増税の話だけは残っています。

しかし、ここを深堀するのは本記事の主題ではないので、あくまで防衛費が増額されたという昨年末の予算査定ベースの設定で話を進めます。

なぜ、防衛費を増額しても失われた国産基盤は簡単には戻らないのか。

防衛装備品の国産基盤は、防衛産業における生産基盤と技術基盤に区分されます。

生産基盤とは、いわゆる製造ラインのような施設・設備のイメージです。

これに対し技術基盤とは、技術者が有する高度な専門知識と実務経験で得られたノウハウです。

人・物・金のうち、金は1年(会計年度)で増減します。減らしても、翌年増やせます。

物は、金がついた後に製造する期間を要するので、数年単位でしょうか。

人材育成となると、教育期間と実務期間を要し、かつ専門性が高い分野ほど長期化するため、どうしても数十年単位になります。

人が途絶えてしまうと、金が増えたから翌年から増やせ、というわけにはいかないのです。

「技術者は企業の民生部門にいるだろう。彼らを防衛部門に戻せばよい。」と考える方がいるかもしれません。

しかし、防衛部門縮小に至った民間企業からの不信感を払拭するのは容易ではありません。

もちろん企業だけではなく技術者当人も同じです。

もう新しいキャリアを歩み始めているのですから。

国産化方針の時代のように、企業が中長期ビジョンをもって経営計画を立てられるような制度に戻し、今度は不可逆であることを約束しなければ信頼は回復しないでしょう。

そして、もし国産化に戻すのなら、その検討に時間的猶予はあまりありません。

理由は、装備開発に携わってきた技術者が定年を迎えるからです。

先日、同様な事象が民間航空機分野で起こりました。

2023年2月の三菱スペースジェット開発中止です。

三菱スペースジェットの先代にあたるYS-11の開発を取り上げた、前間孝則氏の著書「YS-11 国産旅客機を作った男たち」の中で、技術者の一人とインタビューした場面に、この現実が痛切に表現されています。

「私たちがYS-11で作り上げた民間機の技術は見捨てられたのです」

「私は昭和27年に大学を卒業して三菱重工に入りました。最初からYS-11の設計に関わった中で、年齢的にはわれわれの世代がもっとも年下です。この世代で、航空機メーカーの中に残っているのはほんの数人です。YS-11の製造中止と同時に、多くの人たちは別の分野に散っていきました。わずかにこの業界に残った人たちもリタイアしました。ですから、YS-11でせっかく築き上げてきた技術やノウハウを受け継ぐものはもう日本にはいないのです。われわれが最後の世代です」

このように、一度途絶えた技術は簡単には戻らないのです。

国産化できるまで技術力を成長させるには、数十年という時間と投資を要します。

その覚悟と辛抱強さが無ければ、もう二度と装備品国産化は無理でしょう。

結局ウクライナへ防衛装備品を供与できるのか

昨年の防衛費増額の報道と同時に、米軍兵器の輸入の話が出ていました。

これがどうなるのかはわかりませんが、輸入が右肩上がりに増える一方で、国産につながる装備品開発事業が激減している傾向に変化はなさそうです。

国産防衛装備品が激減する中、日本はウクライナへ何を供与できるのでしょうか。

前述のとおり、これまでウクライナが供与を欲してきた種別の兵器に対応する国産装備はありません。

そうなると、ウクライナニーズではなく、装備品供与の実績作りという日本ニーズで輸出することになるのでしょう。

これまでヘルメット、防毒マスク、防弾チョッキ、トラック等を供与してきましたが、今回も同じようなデュアルユース装備品(民生・防衛両用品)の供与が予想されます。

防衛装備移転三原則等の制度を改正して、ウクライナニーズに応える種別の(殺傷能力を有する)装備品を輸出すべきだという論調も目立ちます。

確かに国際貢献の範囲を広げるため、この機会に制度改正することは大切なことと存じます。

しかし、誠に残念ながら今般のウクライナニーズに応えることは叶わないでしょう。

輸出するしない以前の問題として、日本では当該種別の国産装備品開発が事実上途絶しているのですから。

無い袖は振れないのです。

今後、日本が他国と同様に軍事的にも国際貢献できる国を目指すならば、装備品輸出の制度改正だけではなく、装備品国産化の制度改正も実施しないと手遅れになります。

装備開発の実務経験を有する世代の技術者の定年まで、もう時間は無いのですから。

追記:ライセンス生産品の地対空ミサイル「パトリオット」を輸出(2023.12)

自民・公明実務者協議で、ライセンス国産の装備品を米国へ輸出する方向で調整に入ったという情報が複数のメディアから報じられました。

ライセンス国産の装備品として、具体的には地対空ミサイル「パトリオット(PAC-3)」などが候補となっているとのことです。

当記事ではPAC-3は開発国が米国なので輸出不可と整理していましたが、米国に対する輸出であればライセンス上の問題はありません。

間接的であっても、ウクライナのニーズに応える装備品を輸出できることは、良いことだと思います。

一方、当記事のもうひとつの主題であった防衛技術基盤の維持という観点では、またもや機会を逸してしまった感は否めません。

米国の設計図面に従って物を作り提供する、これは朝鮮戦争特需と同様、防衛生産基盤の維持や経済的効果は期待できるかもしれませんが、防衛技術基盤への投資にはならないのです。

もちろん、初めて製造するライセンス国産装備品であれば技術的ノウハウの吸収を期待できますが、既に相当数製造実績があるライセンス国産装備品であれば、技術的波及効果は期待できません。

このまま米軍装備品の下請け生産が主流になるようなことがあれば、我が国の装備品開発能力は衰退・断絶し、我が国の防衛産業も防衛省自衛隊なぞ見向きもせず、米軍装備品の生産受注に躍起になることでしょう。

それが営利企業として自然だと思います。

私は我が国の装備品開発能力の維持育成が重要と思っていますが、最終的に我が国の生存と繁栄が達せられるのであれば、下請けJAPANでも構いません。

それが様々な角度から国益を考え抜いたうえでの結論ならばです。

間違っても「ウクライナ支援問題は、とりあえず米国へライセンス装備品を輸出して幕引きしよう」などという、場当たり的対応でないことを願っております。

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