パニック障害

パニック再発で飛行機を回避、再び飛べないブタに(2020年1月)

2023年8月20日

往路:飛行機内でパニック再発

久しぶりの実家帰省。パニック障害で長らく飛行機に乗れなかったため帰省することができず、高齢の両親には寂しい思いをさせていました。

それだけに、今回の帰省は楽しみだし、ここまで回復できたという喜びもあります。

予期不安を感じることもなく出発日を迎えました。

朝は自宅でゆっくり過ごし、昼は羽田空港でランチ、そして出発ゲートをくぐり搭乗完了。

機内WiFiがあったので、妻とLINEで連絡を取り合いました。

機内座席につきました。もうすぐ出発します。
よかった。楽しんできてね。
珍しく、離陸してしばらく経ってから高所恐怖症みたいな強い不安を感じました。もう無理だと感じたけど乗務員に訴えたい衝動を必死に耐えて、とりあえずトイレに行き、気をそらしました。ワイパックスも飲んだけど、効いている感じはあまりしません。何とか札幌まで頑張ろうと思います。
今の体験がかなり苦しいので、帰りはどう帰ろうか不安ですが、とりあえず今を頑張ります。搭乗までは好調だったのに悔しいです。
だけど大丈夫だと思ってるよ。苦手なものに乗ってるので、そんな気持ちも当然。
ありがとう。現在青森県上空。あと23分で着陸。不安の虫が、上空の残り時間が短くなってきたため、少し・・・
いや、降下中の揺れが来て、また苦しくなってきた。
乗ってから不安になったのなんて、今回が初めてです。離陸前までは、すごく余裕があったのに。
苫小牧上空、まもなく着陸です。本当にしんどい1時間半だったけど、なんとか異常行動を起こすことなく、他人目には普通に終わりました。
ただ、帰りのことを考えると今から憂鬱です。歩いて帰りたい。
それもまた良し。

実家滞在:復路の予期不安で憔悴する日々

このように何とか札幌に着いたのが12月28日。

計画では、1月1日に元旦割引の飛行機で帰京する予定でした。

しかし、往路の苦しい経験は、復路に対する強い予期不安となり、私を日々疲弊させていきます。

12月29日は父と外出。

帰宅後、再び妻とLINE。

帰京の方法が常に気になってしまい、今は無理に思えても元旦には飛行機に乗れる気分になれているのではないかという強気と、飛行機は絶対無理で青函トンネルですら自信がないという弱気を、1日のうちに行ったり来たりする状態です。
明日、気分が変わることに期待して、今日はこのくらいにします。
落ち着いてから帰ってきたらいいんじゃない?そのうち、気分も変わるよ。
ありがとう。今は”落ちない”のが精一杯なので、考えないようにします。

翌、12月30日はついにダウンして布団から出られなくなりました。

今朝は調子が悪く、二度寝して先程起きました。メンタルだけではなく、風邪っぽい頭痛がするので、ロキソニンを飲んだところ、少し楽になりました。
体調が悪いのは誰にでもあること。今この瞬間の調子の悪さと、明日の自分、過去の自分を結び付けないようにしないとね。
ありがとう。滞在が長期化すると弱っていくので、飛べないにしても早く東京に戻るよう方法を探します。

飛行機回避の決断:再び飛べないブタとなる

そして12月31日。再び飛べなくなる道を歩み出しました。

北海道新幹線は自由席が無く、ほとんど満席でした。もう、どうやったら北海道から脱出できるのかわからなくなりました。これだけ長期間、交通手段だけを考えていると、完全にうつ病をぶり返してしまいそうで焦っています。
もう限界だと自覚し、飛行機ではなく新幹線で帰ることにしました。元旦早朝しか空きがないので、これに乗って帰ります。
飛行機に乗らないと決めたら、とても落ち着いて、普段に戻りました。
なんていうか、お疲れ様。
飛行機の予約取り消し、可能だったらお願いします。
取り消ししました。診断書を提出すれば、全額返金されるそうです。
ありがとう。

復路:特急と新幹線と青函トンネル、回避の先に安心無し

1月1日、東京へ向けて出発。

道内は特急、函館からは新幹線に乗ります。

定刻出発しました。
やはり調子が悪いのか、停車するたびに降りたくなります。ここで負けたら終わりだと踏ん張り、北海道を南下中です。
強気と弱気が目まぐるしく入れ替わります。いつもは一度平気になったら、それが道中持続するのに。落ち着きを取り戻すきっかけをつかみたいです。
いつでも迎えに行けるようにスタンバイしてるので、安心してね。
ありがとう。少し落ち着いてきたので、たぶん函館の乗り換えまでは大丈夫です。次の勝負は青函トンネル。笑われそうですが、僕にとってはすごい勝負。すごく頑張って乗り越えたとしても、一般的には普通の事なのでガッカリする。
みんな、心の中でそんな訳のわからないものと闘っているんだよ。
いよいよ青函トンネルを前にして、新函館北斗駅で乗り換えです。
今、青函トンネルの中。落ち着いています。でも、新函館北斗駅では本当にやばかったです。幸いというか、新幹線に乗ったら隣のおじさんがグイグイ押してくるので、怒りの気持ちが不安に打ち勝ち冷静になりました。今、青函トンネルを出ました。しかしこんな不安解消法は再現性がない。これをすれば大丈夫というのが無く、毎回苦しむのを何とかしたいです。
いずれにせよ、内地到着。予定通り帰ります。
お疲れ様。

終わりの始まり

こうして交通手段を変更して何とか東京に帰ることができました。

しかし、回避行動によって得られたまやかしの安心には、さらなる後退の代償が伴うのでした。

もしこの時飛んでいたら・・・今、私はこの世にいないかもしれませんし、そもそもIFに意味は無いですね。

とにかく、この15年間で沖縄出張まで到達していた私のパニック障害回復史のギアは、この日を境に逆回転を始めたのです。

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